歴史:映画

舞台からスクリーンへ

RHSの映画化を牽引したのは、ロキシー・キャストのプロデューサー、ルー・アドラーである。自ら製作総指揮を執ったアドラーは、製作資金を集め、20世紀FOXを口説き落として配給を引き受けさせた。

監督ジム・シャーマン、原案・脚本・作詞・作曲リチャード・オブライエン、音楽監督リチャード・ハートリーら、中心スタッフ、キャストは舞台のオリジナル・メンバーで占められた。撮影中に制作費100万ドルが底を尽き、製作中断の危機に陥ったが、かろうじて最悪の事態は回避。が、そのあおりでキャストはわずかなギャラしか受け取れなかったという。

映画は1975年に完成したが、トランスヴェスタイトの宇宙人を主役とする奇怪なロック・ミュージカルが一般客に受け入れられる可能性はないと判断した20世紀FOXは、当初公開を断念した。その後、ルー・アドラーの熱心な働きかけで一部都市での限定公開が実現したが、成績は散々。タイミングの悪いことにブロードウェイ公演も記録的な不入りで打ち切りとなり、ロッキーホラーのブームは短命に終わるかと思われた。

ルー・アドラーと当時の20世紀FOXマーケティング・ディレクター、ティム・ディーガンは、カリフォルニアの劇場がリピーターでにぎわっていることに注目した。ちょうど、ミッドナイトショーなる新しい上映スタイルが誕生し、『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』や『エル・トポ』が熱狂的なファンを集めていた。これがロッキーホラーに幸いした。まさにカルト・ムービーの時代が始まろうとしていたのである。

1976年4月1日にニューヨークのウェイバリー・シアター(Waverly Theatre)で始まったミッドナイトショーに、現在の観客参加スタイルの起源がある。キャストと同じ衣装に身を包み、セリフにツッコミを飛ばし、トイレットペーパーや新聞紙などの小道具を持参する、まったく新しい映画の観方が始まり、アメリカ各地、さらに世界各地へと広がっていった。

30年後の現在も、新しい世代のロッキーファンを獲得しつづけるロッキーホラーショー − 不滅のロックミュージカルである。

back